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大阪高等裁判所 昭和49年(ラ)246号 決定 1975年8月13日

抗告人

日本土地株式会社

右代表者

木本一馬

右代理人

金森健二

主文

原決定を取消す。

大阪地方裁判所が同庁昭和四五年(ケ)第四九七号不動産競売事件について同年九月一九日になした不動産競売手続開始決定は、これを取消す。

株式会社幸福相互銀行の右事件の競売申立を却下する。

理由

一本件抗告の趣旨は、主文同旨の裁判を求めるにあり、抗告の理由は別紙(一)ないし(三)記載のとおりである。

二当裁判所の判断

(一)  一件記録によれば、原決定理由(原決定一枚目裏一〇行目から同三枚目表一一行目まで)記載の事実が認められるので、ここにこれを引用する。

(二)  競売法による不動産の競売において、競落人が競落人が競落代金をその支払期日までに支払わないため競売裁判所が競売法三二条二項によつて不動産競売に準用される民事訴訟法六八八条一項に基づき再競売決定をしたときは、これによつて競落許可決定はその効力を失い、競落人の代金支払義務は消滅するものであるが、代金の支払を怠つた従前の競落人は競売法三二条二項によつて準用される民事訴訟法六八八条四項により再競売期日の三日前までに買入代金、代金支払期日より代金支払までの利息及び手続の費用を支払うことによつて、目的不動産を取得することができるのであつて、しかも競落人はこれによつて同法六八八条五項六項の不利益をも免れることができるのであるから、代金不払後の競落人は再競売期日の三日前までは前示金額を支払つて競売不動産を取得する権利を有するものである。そして一旦再競売期日が指定せられても、その期日が変更され現実に再競売が実施されない限りは、改めて再競売期日が指定されたとき、その三日前までは右の権利は失われなのいであるから、最高価競買人たる競落人が納付した競買保証金の返還請求ができなくなる時点として民事訴訟法六八八条五項に定められた「再競売ヲ為ストキ」とは再競売期日が実際に開かれて再競売が実施されたときを意味するものと解すべきである。したがつて、一旦再競売が実施された以上は再競売期日に競売申出人がなく再競売に至らなくとも先の競売において最高価競買人として既に納付した競買保証金は代金不払に対する執行法上の制裁としてその返還を求めることはできなくなるが、本件の如く再競売の実施がなされずして再競売期日が変更され新期日が未指定の状態にある段階において債務者たる建物所有者に帰すべき事由により建物が収去された場合には、先の競落人たる抗告人に右の如き制裁を課すことはできない。それ故に、本件においては、競買保証金を売却代金に算入して(民事訴訟法六九四条二項四号)、これを競売代金交付手続に則り処理する余地はない。

ところで、本件においては、前記認定(原決定引用)の如く、再競売を実施することなく再競売期日を取消して新期日が指定されない間に競売の目的物件が建物収去土地明渡を命ずる仮執行宣言付判決の執行力ある正本に基いて収去されて滅失したのであつて、これにより抵当権は消滅したのである。

右の如く、担保権実行の基礎たる抵当権は消滅し、しかも競買保証金について競買代金交付手続をなす余地もないのであるから、本件競売の申立は許すべからざるものとなり、競売開始決定は実体上の瑕疵を帯有するに至つたものというべきである。

(三)  以上の次第であるから、本件異議申立を棄却した原決定はこれを取消し、本件競売開始決定を取消し、本件競売申立を却下することとして、主文のとおり決定する。

(弓削孟 光広龍夫 篠田省二)

抗告の理由

別紙(一)

一、競売対象物件の滅失

原審にて執行方法の異議申立理由書に述べたことを本抗告審にも援用するが本件競売対象物件は競売手続の進行中に滅失したものである。

その為執行裁判所においては競売不能物件として競売手続(本件の場合は再競売手続)を取消したものである。

即ち競売物件につきその引渡履行の出来ないもの民事訴訟法第六七四条第二項に規定に基いたものである。

元来競売の取消(開始決定の取消)は債務の弁済、抵当権設定の無効の場合に取消せられるが本件の如く競売対象物件がなくなつた場合も、他の原因と同じく取消されねばならない即ち抵当債権の弁済、設定の瑕疵は所謂人的要件であるに反し目的物件の不存在は客観的なる要件である。

従つて主観的要件の欠缺の場合に限り取消の事由となつて、客観的要件の欠缺が取消の事由とならないとは考へられない。蓋し主観的要件の存否は当事者利益関係を有する当事者の恣意によつて左右出来るし又偽装することをも得る。

斯る事象が取消の事由となる事自体が公共機関の関与する競売において何等の疑なく取消せられることは反省の余地の存することである。

従つて客観的条件たる競売対象物件の滅失、不存在は事由の如何を不問、競売手続即ち競売開始決定を取消すべきである。

取消の事由が、債権者又は債務者の責任に帰すべきときは民法第五三四条、五三五条によつて処理せらるべきであるが、右の危険負担の原理は我民法の競買による所有権移転を意思主義の結果であるが、競売法の規定の解釈は代金納付の時点とする昭和七年二月二九日大審院判例によりよつているのである。

従つて競売物件に対する危険負担の原則の適用は理論的に出来ないものである。

二、抗告人の代金納付

抗告人は記録によれば執行裁判所指定の代金納付の期日、昭四八年五月一四日に代金納付をしなかつた理由は、

本件競売物件の所有者兼債務者山口ミサ子と本件競売物件建物の敷地の所有権者藤井甚太郎外七名間に係争中である大阪地方裁判所昭和四八年(ワ)第六六五四号建物収去土地明渡請求事件が結審となり昭和四八年六月七日判決言渡となつており而も右の判決は欠席判決の言渡であること(共謀裁判)が判明したので右代金納付を再競売の前三日迄延期しようとしたものである。

蓋し建物収去土地明渡の判決あり将来収去せられる判決の運命のある建物を誰が好んで金参千万円也の大金を以つて買受ける者が居るかである、まして地主と建物収去の建物所有者が競落人の権利を妨害する目的を以つて裁判を利用したにおいては何を言はんやである。

調査すると、競落人が競落して土地所有者へ賃借権の承継に交渉したのが競落の昭和四七年九月二一日後の九月三〇日頃である。

地主は直に建物所有者山口ミサ子と謀り一二月一六日賃借権の解除をなし翌年二月一七日僅に二ケ月間を置いて訴訟提起し欠缺判決となつて五月一〇日結審、六月七日判決言渡となつておるのである。

斯る状況下にあつて競落人に対して代金納付をせよと命ずる事が人道上酷であると謂はねばならない。右の事は、人間の条理に反し公序良俗に反するものである。此の不条理を避けた抗告人の所為は緊急避難として見らるべきものである。

三、制裁

斯る事案につき代金納付期日の納付せざるの制裁を課することを法の規定はあるのであろうか、或は手付金性質を有するものであると、但し手付金没収の理論の根源をなすものは売買契約の意思主義の理論から初めて理解せられるゝものであり競売による所有権取得の期を代金納付の期とするとする本件の場合には適用出来ないものと解すべきである。

然るに、原審は右の抗告人の特異的立場を何等の考慮なく唯単に法の規定の形式上保証金と再競売との関係だけを判断し何が為に再競売となり再競売を取消した本質目的物件の不存在等の本質的なるものに目を反けてその決定言渡の理由を昭和四四年一二月二四日東京高裁の判例に盲従したに過ぎないものである。

而も、右の判例も具体的事実を見るに本件の場合と事実関係において差異があるものである。即ち右の判例は再競売期日が指定せられ第一回の競売期日が実施せられているものである。

本件抗告人の場合は、再競売の期日も指定せられておらない。(指定あつたるも(昭和四八年七月二六日と)後日職権変更せられいるもの)従つて民訴法第六八八条第四項の競落人保護規定の適用がない。

そのまゝ競売手続を取消しているものである。

以上陳述した通り本件競売手続において目的物件の不存在は競売を不能とするものであり競売の客観的要件を欠くに至つたものである宜しく原審が再競売手続を取消したからには競売開始決定をも取消すべきである。でないと競落人たる抗告人に公序良俗に反する所為を法が要求していることとなるからである。

別紙(二)

一、抗告人の代金支払の権利について大審院大正六(ク)第三三八号、大正六・一二・一七決定

東京高裁昭二八(ラ)第二三〇、昭和二八・一〇・二四(高裁判例集六巻七七五頁)

再競売手続開始直後の競売期日を変更し新期日の指定があつたときは新期日の三日前までに競落代金を支払ふことが出来る。

二、再競売手続も競売手続である。

再競売手続は単に競落代金納付期日の競売手続であり本件物件は再競売手続中に滅失したものであるが、この場合の競売手続は再競売手続を取消すべきのみならずその基本たる競売手続自体を取消すべきである。

特に本件の如く再競売期日の未指定の間における物件の滅失は原始的競売不能であるからである。

三、抗告人の権利

右の権利が存する間に抗告人の責に帰すべからざる事由により目的物件の滅失である。

従つて抗告人の代金納付の権利を法的に奪う手続を採るべきである。

その為めに本件競売の申立を却下し、競売手続を取消すべきである。

別紙(三)

一、抗告人の権利について

原審決定の理由とする抗告人の代金支払義務は再競売決定したときに消滅する。

唯民訴法第六八八条第四項の規定は競落人の代金支払を奨励して繁雑なる競売手続を省略し迅速に手続を完結するための便宜的規定にすぎず右期日経過まで競落人の代金支払義務の消滅しないことまでを定めるものでないと判定しているが、

再競売が命ぜられた後における強制競売申立の取下と当初競落人の同意の要否の事案に付昭二八・六・二五日最高判決最高民集七巻七五三頁

再競売の行はれる場合には、代金の支払を怠つた従前の競落人は民訴法第六八八条第四項により再競売期日の三日前迄に買入代金、利息、費用を支払うことによつて目的不動産の所有権を取得することを得るのであり而も競落人はこれによつて民訴法第六八八条五、六項の所定の不利益をも免れるのであるから代金不払の競落人は再競売期日の三日前までは前記の金員を支払つて競売不動産を取得する権利を有するものと解すべく従つて利害関係人の中には代金不払の競落人も当然含むものと謂はねばならない。

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